Wind Life. (MBM参加作品)




 厭なものではあるが、クレイラのような風の強い場所に来ると思い出す人物が居る。
 ジタン達と合流し、旅を始める前、
 ――そう、まだ私が一人でフラットレイ様を探しにでた時の話だ。



「だからさ〜、姐(あね)さん、なんでそう意地になって探しまわるのさ。」

 その者は金色の髪をなびかせ、川の飛び石を器用に渡りながら私に話しかけてきた。
 種族は何だかわからない、だが、まるで人のように見える。
 ナイフの扱いが巧い、だが、戦力になるかどうかもわからない。
 出会いというものは複雑で、その者が町で倒れてるのを見つけ、近くの宿で介抱してやった所、どうもなつかれてしまっていた。
 という、よくあるといえばよくあるパターンである。
 見目は友人のジタンという者に良く似てはいるのだが、奴とはまたひと味違う“軽さ”があった。

「女なら大人しく家を守ってるほうがいいんじゃねえの?」

 15〜17歳のこの男は、最後の飛び石を飛び越えて、私の近くに降り立った。
 この男、自分の出身地も覚えてない上に、名前も覚えていない。言わば記憶喪失。というものか。
 私は細長い尻尾をひゅん、と一回ゆらし、その者に言った。

「生憎じゃが、そういうつもりにもなれぬ。私は確かに女じゃが、その前に竜騎士じゃ。私は女として待っているよりも、竜騎士としてあの人を探す方を選ぶ。」
「ちぇっ、何だ、可愛くないの。」

 言葉とは裏腹に笑顔で応対する私。
 そんな私が気に入らなかったのかなんなのか、その者はばつが悪そうな顔で私を覗いていた。

 ざぁっ、と気持ちのいい風が走る。
 その者は私を追い越し、道をかるく小走りで走る。少し行った所に一本の木が生えていて、その側にその者は座った。

「――そういえば、お主、まだ名前を聞いてなかったな。」

 私は思い出したように尋ねた。
 忘れていたわけではない、ただ、聞く必要があるかどうか考えていたのだ。
 最初は介抱して元気がでたところでその町に置いて行くつもりだったのだが、記憶喪失ときては放っておいてもまた衰弱してしまうのだろう。
 そのような先のみえる人生では、あまりにも可哀想である。それに、見殺しにしては竜騎士として恥ずかしいと思い、私は結局旅にこの男をつれあるくことにしたのだ。

「名前ぇ?」

 その者は面白くなさそうに聞き返してきた。
 「うむ」と私がうなずくと、その者は軽く伸びをして答えた。

「そんなもの知らないよ。何せ、俺はどこで生まれたか、育ったかすら分かんないんだぜ?」
「お主、名前すら覚えてないのか?」
「うん。」

 あっけらかんとして答えるこいつに、私ははぁ、とため息をついてしまった。
 そのような会話を終える時には私も木の足下まで来ており、丁度良い、一休み。と、その者の隣に腰を下ろした。
 すると、男はついと詰め寄って、独特の笑顔で私を見た。――顔が近い。気に入らない奴だったら斬ってるぞ。
 楽しそうな口調でその者は言う。

「姐さん、姐さんがつけてよ。俺の名前。」
「は?」
「姐さんが俺を助けてくれたんだし、俺に名前がなくて不自由するのは姐さんだろ?だから、姐さんが名前をつけてくれよ。」

 私がその意見に押し黙っていると、その者また、すぐに前を向き、空を仰いだ。
 そのまま、沈黙が一拍二拍。青い空に白い雲、小鳥の鳴き声が澄んだ旋律を描き出し、またそれは空の青に吸い込まれ、消えてゆく。
 沈黙の間に名前を考えているというわけではなかった。
 ただ、青い空を見ていると、何もかもが虚無に吸い込まれてしまいそうだった。

 私達が生きているこの世界というものは何なのだろうか。
 どんなに愛し、求めている人が見つからなくても、全く知らない赤の他人と今日も出会う。
 それこそ、求め合った、少なくとも私が求めたわけでもない人物に…。
 
 神でも存在するのなら、教えて欲しい。

 あの人が…。
 フラットレイ様が、今どこで何をしているのかを…。
 いや、そんな詳しい情報じゃなくてもいい、ただ、あの方が無事にお過ごしなのか…。

「姐さん?」  

 男の声ではっと我に返る。
 空の青の、優しい束縛から逃れ、今という自由を取り戻す。

「…レイ、じゃ。」
「は?」

 私はあえて唐突に答えを切り出した。

「お主の名前はレイじゃ。」

 『フラットレイ様、お名前、お借りします。』
 心の中で、そう呟いて、レイのほうを見やった。
 すると、新しく名をつけられたその者は、なにやら嬉しそうな笑みをこぼしていた。

「あは、レイ、か…。良い名前だな、姐さん。」
「ああ、世界で一番良い名をもらったのじゃ。誇りに思え。」







 

   それから、幾日かの時がすぎた。


   レイのナイフの腕は、ジタンに負けず劣らず、私の良い相棒となれるほどだった。


   時間をますごとに、お互いの信頼関係は深まっていった。



   レイは私に、自分が記憶喪失であるという恐怖を…。


   私はレイに、忘れられることへの恐怖を語った…。


   お互いに、背中を預けられる。
   そんな関係になっていった。




















 ある日、私は洞窟内部で一つの蔦をみつけた。
 それは太く、丈夫な蔦で、よくみると上のほうから光がさしこんでるのが解る。
 ひっぱってみると、それはギシ、という音はするものも、どうやらはがれそうにない。
 …この蔦を伝って、上へ昇ることができる?
 そう考えた私は、用心より先に好奇心が走り、ぐっ、と蔦に掛ける手に力をこめていた。

「姐さん〜、やめときましょうよ。早く出口に行きましょう?」
「何、怯えるなレイ。明るい所じゃ、ここよりは弱い敵がいるじゃろう、よ、と。」



   今思えば、その選択が過ちだったのじゃ…。
   私の、その、軽い判断が…。




 案の定、そこは青い空の下だった。
 びゅう、と気持ちの良い風がふき、帽子を攫っていこうとする。
 片手で帽子を押さえながら、レイが昇ってくるのを待った。

「レイ、来て見ろ。なかなかの絶景じゃ。」
「ったく、姐さんったら…。用心も何もないよ…



 …!姐さんッ!どいてッ!!」

 一瞬にて、私はふっとばされた。
 目の色がかわったレイの馬鹿力によってだ。
 なにがあったのか、脳が高速処理を行う。ダメだ、まだ追いつかない。

 見えるのは、四つ足で歩く、首の長い、立派な左右の翼をつけた… 竜。

 ソイツの右足は伸ばされ―― …見たくもない光景が広がる。

 私の前に、レイが仁王立ちになっている。

 いつもと変わらない、金の髪の毛。風にゆれていた。

 でも…

「レ…ィ……?」

 腹から、20cmはあろうかという、竜の爪。
 貫通し、おびただしい量のレイの血をまとい、それは顔をだしていた。

 竜は、何事もなかったかのようにして、爪を引き抜く。

 バシュッ、という音と、顔に生暖かい鮮血が舞い落ちる。
 レイは、そのまま、私に乗りかかるようにして… 崩れた。

「あね…さん、逃げ…て。」
「ぁ…。」
「速、く。ドラゴンが…来ちゃう。」

 最悪だ。

 こんな時にも、レイは私に笑いかけてくれていた。

 肩を担ぎ、今にも崩れ落ちそうな足に、無理を言わせる。
 何が竜騎士だ!何がフライヤ・クレセントだ!!
 こんな時に、人一人守れやしない!

 なにが竜騎士の誇りだ!!


 担ぎ上げた瞬間、竜は足を狙い、爪をふるってきた。
 あの爪には毒がぬってあるのだろう。嫌なものだが、レイから腐敗の匂いが漂ってくる。

 人を抱えたままのジャンプは辛いものがあったが、なんとか竜の攻撃を避けながら、さっきの蔦の所まで移動する。



 速く。




 一秒でも、迅く。










  力を貸して下さい、フラットレイ様…
















「すまない…。レイ、私があのような所にいこう、などと言わなければ…。」

 レイの腹からは、紫色の蒸気があがっていた。
 こんな時に解毒剤は目に見えるような効果を示さない。
 腹に巻き付けた包帯からは、紫と、赤の入り交じった、非常にいびつな色がしみ出てきていた。

「いいんだ、よ。姐さん…。風、気持ちよかったろ…。」

 表面だけで、笑顔を作ってみせた。
 私も、レイも、もう笑えるどころの話じゃない。

 ――今では、レイに『レイ』とつけたのを、後悔している。
 愛する人の名だとしても、自分の前から居なくなった人の名をつけるなんて…。

「姐さ、…泣いて、るのか?」

 ばつが悪そうな顔で、レイが尋ねてきた。
 涙が今にも、こぼれ落ちてしまいそうだったが、なんとかそれをこらえる。
 今は…
 今だけは、こぼれ落ちないでくれ…。

「姐さん、俺、姐さんに逢え、て、よかったョ。」

 苦しそうな笑顔で言う。

「姐さ…に。名前つけてもら、って。姐、さんと一緒に旅が、できて。」

 レイの目の端に、小さな水滴が浮かび上がってきた。

「俺、姐さんに、惚れちゃってた、かも…。」

 苦笑いと、目の端の涙を交互に見ながら、私はただ、涙を堪えていた。

「私もだ…。レイ、お願いじゃ。死なないでくれ…!この洞窟を出たら、二人で暮らそう?
 クレイラにも、アレクサンドリアにも、ブルメシアにも…、どこにでも!どこにでも連れていく!だから…」


 「あは」と、レイが笑った。


「ダメだよ。姐さん…。」

「何故じゃ!何故ダメなのじゃ!答えろ、レイ!答えによってはタダではすまぬぞ!」

「だって、姐さん、何のために、旅をしてるの、さ。愛する人を、さがして、るんだろ?」


 脳裏に、今までのレイとの生活が思い出される。
 『レイ』という名前を付けた理由。
 聞いたときの、ふてくされた顔。
 すぐに機嫌がよくなって、すぐに機嫌が悪くなった。
 そんなレイの命が…
 今、消えようとしている…。


「だっ!ダメじゃ!そんなのもうどうでもよい!死ぬな!死ぬなレイ!」

 こふ、とレイが小さく咳をした。
 口端から、一筋の深紅の糸が流れ出る。


「姐さぁん…」
「何じゃ!?何か欲しいものでもあるのか?言ってみろ、すぐにとってきてやる!」
「そうじゃない。よ。…俺、姐さんの風になって、ずっと、見守ってるから、ね。」




 「姐さんが、高く、大きく飛ぶことができるように、風になって、見守ってるから、ね。」




 そこまでいうと、レイの呼吸はゆっくりになっていった。
 私は慌てて、「縁起でもないことをいうな!」と叫ぶ。しかし、もう、声はとどいていないようだった。

「レイ…。」

「レイ……。」



 目の端から、雨が一つ。二つ。落ちては消えた。
















 








 あの時から、もう、どれぐらいたったのだろう。
 はっきりとした年月は思い出せないでいるが、「レイ」という人物は、私のなかでくっきりと残っていた。

 あの時と同じ、蔦を昇る。

 今回はレイと一緒じゃない。
 ジタン達、新しい仲間達と一緒に、だ。


 巨大な竜は、今日もその場所にいた。
 私は静かに語りかける。

「タダですむとはおもってないだろうな?」


 それだけ言うと、私は空を舞った。
 レイという、風と共に。


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