雨が顔に滴る。
なんとなしに重い瞼をもちあげ、空を仰ぐ。
黒く、どんよりとした雲が漂っていて、私にはそれが、今の気分を更に重くさせる原因でもあった。
――どうせ降るなら、雪のほうが断然綺麗なのに。
心の中で呟いて、ふと電柱の足元に目をやった。
小さなダンボールの箱がおいてあり、しっかりと蓋がしてある。
雨で湿り気を帯びたそれは、今にも崩れてしまいそうで、ふやけた表面に、ガムテープが水をはじいていた。
よくよく耳をすましてみると、中のほうから、くぅーん、と、弱々しい声が聞こえてくる。
目にへばりついている髪の毛をのかし、顔を両手で一度ぬぐってから、好奇心が傾いたそれに手をかける。
べりべり、という音をたてて、ガムテープが剥れていく。
途中、よほど粘着がつよかったのか、水をたっぷり含んだダンボールも破れ、いびつな形にそれは開かれた。
中身は予想通り、一匹の仔犬。
今日の雨は、梅雨時にしては激しいほうで、ダンボールは既に全体的に濡れてしまっていた。
手を伸ばし、仔犬を持ち上げてみる。
…雄だ。
いやそんな事はどうでもいい。
持ち上げたら、私同様に仔犬も雨に打たれた。
かといって、この仔犬を懐に入れ、雨から凌がせ、暖めてやろう、なんていう気持ちは浮かんでこずに、ただ
お前も私と一緒なんだな、と、変な同種意識が芽生えていた。
今日の私は最高に運に見放されていた。
この春入社した会社は、気に食わない上司と喧嘩し、退社。
1年付き合っていた女は、何が気に入らなかったのだろうか、私の前から姿を消して
今日は丁度、友人の葬式が終わった帰りだった。
まさに厄年ともいえそうな災難の立て続けに、私自身もそうとう参っているのだが、なぜだか生きることを諦める気にはなれなかった。
むしろ、始めから「生きている人間ではない」のかもしれないな、と心のどこかで思っていた。
仔犬の毛皮は暖かく、短めの毛先に、水玉がころころとはじかれていて、どことなしに綺麗だった。
仔犬がじっと私を見つめている。
ああ、この人間もボクと同じなんだ、孤独なんだ。そんなことをいいたげな眼差し。
しかし、孤独だといってもまだ私は救われている方なのかもしれない。
なにせこの仔犬はもうすぐ死んでしまうのだから。
ゆっくりと仔犬をダンボールに戻す。
私は最初からダンボールの中身が、小さな仔犬だということに気付いていた。
鳴き声、ダンボールの大きさからして簡単に予想はついたのだ。
しかし、はなから私は、この仔犬を助けようなんて思ってはいなかった。
放って置けば、この雨だ、寒さにやられて死ぬだろう。
そして私も同じ。
長いのか短いのかわからない、生きてるのか死んでるのか判らないこの曖昧な世界で、放って置けば死ぬだろう。
「じゃあな」
私は仔犬にそう声をかけた。
くぅん?と一声泣いて、仔犬は私の背中を見つめたであろう。――いや、もしかしたら見向きもしなかったかもしれない。
孤独に生きる、一人と一匹。
もうすぐ死ぬであろう私と仔犬。
びっしょりに濡れた体は冷え切っていた。
仔犬の暖かさをどこか、求めるものがあった。
あのままにしておけば、仔犬も私と同じになるだろう。
蓋もしなかったから、明日あたりには凍えて死んでるかもしれない。
私も仔犬もただ、無力、孤独。
しかし何故だろうか、手のひらがまだ温かい。
頬に両手をあてつけると、どこか仔犬の薄汚れた匂いがした。
「…」
私は踵(きびす)を返し、電柱の元へ走った。